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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2255号 判決 1996年12月25日

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの本件訴えをいずれも却下する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1(主位的控訴の趣旨)

主文と同旨

2(予備的控訴の趣旨)

(1)原判決を取り消す。

(2)被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

(3)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、フィリピン船籍の貨物船カムフェア号(以下「本件貨物船」という。)がルソン島南端の沖合で座礁、沈没した事故(以下「本件沈没事故」という。)により発生した貨物引渡不能による損害について、貨物海上保険契約を締結していた大韓民国法人である被控訴人三星火災海上保険株式会社(原審当時の旧商号・安国火災海上保険株式会社。以下「三星火災海上」という。)及び中華民國法人である被控訴人臺湾中國航聯産物保險股・有限公司(以下「臺湾中國航聯産物」という。)が、各保険契約者に対してそれぞれ保険金を支払い、損害賠償請求権を代位取得したと主張し、本件貨物船の登録船主、実質船主、船舶管理人であったとするいずれも香港法人である控訴人らに対し、控訴人らが右損害について商法六九〇条(船舶所有者の責任)、民法七一九条(共同不法行為者の責任)の規定に基づき賠償責任を負うとし、その支払いを求めて原審の東京地方裁判所に提訴した事案である。

原審においては、被控訴人らが本件貨物船の運送人であると主張する日本法人である新和海運株式会社(以下「新和海運」という。)外数社も共同被告とされていたが、控訴人らは、適式な呼出しを受けながら原審における口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかったところ、原審は、控訴人らが請求原因事実を自白したものとみなし、被控訴人らの請求をいずれも認容した。

これに対し、控訴人らは、本件訴えにつき日本の裁判所に国際裁判管轄はないと主張して、訴えの適法性を争い、また、本件沈没事故について控訴人らに損害賠償責任はないなどと主張して、本訴請求の当否を争い、控訴した。

一  本件訴えの適法性(国際裁判管轄の有無)に関する当事者の主張

1  控訴人らの主張

(1) 本件訴えについては、日本の裁判所に国際裁判管轄はない。

被控訴人らの控訴人らに対する本件訴えは、本件貨物船の本件沈没事故に関する不法行為に基づく損害賠償請求である。

しかし、控訴人らの普通裁判籍は香港であるから、法人の普通裁判籍(民事訴訟法四条)による管轄は日本に認められない。

また、本件沈没事故が発生した場所はルソン島南端の沖合というのであるから日本は不法行為地と全く関連性がなく、日本に不法行為地の特別裁判籍(同法一五条)は認められない。不法行為に基づく損害賠償債務は持参債務であり、義務履行地は被控訴人らの事務所所在地である大韓民国及び中華民國であるから、日本に義務履行地の特別裁判籍(同法五条)は認められない。本件貨物船はフィリピン船籍であるから、日本に船籍所在地の特別裁判籍(同法一〇条)は認められない。

(2) 本件訴えについて、併合請求の裁判籍(民事訴訟法二一条)は認められない。

原審相被告新和海運が発行した船荷証券の裏面には東京地方裁判所を専属管轄とする旨の裁判管轄約款がある。したがって、原審相被告新和海運に対する訴えについては、管轄の合意に基づいて、東京地方裁判所に国際裁判管轄を認めることも可能である。

しかし、控訴人らに対する本件訴えについては、東京地方裁判所に併合請求の裁判籍を認めることはできない。主観的併合の場合、国内裁判管轄については、民事訴訟法五九条前段の共同訴訟について同法二一条の併合請求の裁判籍の適用を認めるのが学説の多数であるが、国際裁判管轄に関しては、この基準をそのまま採用すべきではなく、当事者間の公平、裁判の迅速・適正の理念に合致する特段の事情がある場合でない限り、併合請求の裁判籍によって日本の裁判所に管轄を認めることはできないというべきである。

本件においては、日本に関係する要素(裁判籍)は、右船荷証券裏面に印刷されている東京地方裁判所を管轄裁判所とする約款だけであり、控訴人らは、本件貨物船の登録船主でも実質船主でも船舶管理人でもなく、本件貨物船とは無関係であり、本件沈没事故に関して控訴人らと新和海運との共同不法行為が成立する余地はない。

また、原審の判決をみると、控訴人らは、原審相被告新和海運と分離され判決されているから、控訴人らに対する被控訴人らの本件訴えは、原審相被告新和海運に対する訴えと統一的に解決される必要のない事件であるということになる。

さらに、各種証拠及び関係当事者が日本に多く存在するのであれば、日本の裁判所での審理による迅速・適正な裁判も期待できるが、本件において、このような状況は日本に存在しない。

(3) 右のように、本件訴えについては、前記特段の事情があるものとは認められないので、日本の裁判所に併合請求の裁判籍による国際裁判管轄を認めることはできない。

2  被控訴人らの主張

(1) 併合訴訟による裁判籍の存在

本件訴えは、控訴人らに対する本件貨物船の本件沈没事故による貨物の価格相当の損害賠償請求であり、原審における相被告新和海運発行の船荷証券の裏面約款第四条には、東京地方裁判所を合意管轄とする定めがある。

控訴人らを含む原審被告らに対する請求は共同不法行為を理由とするものであり、すべて同一の事実上、法律上の基礎を有しているから、民事訴訟法五九条前段の共同訴訟に当たるものであり、民事訴訟法二一条の準用によって東京地方裁判所の併合管轄となる。

(2) 統一的解決の必要性

本件も含め、外航船による運送の場合、登録上の船舶所有者、実質上の船舶所有者、船舶管理人、傭船者など多数の主体が関与し、荷主には、誰がどのような役割をもって運送に関与しているかが判然としないことが多い。現に、東京地方裁判所に係属している新和海運を被告とする訴訟においても、被告新和海運は、本件貨物船の運送に関与したことを認めながら、船主の代理人にすぎず、運送人ではないと主張して請求を争っている。

このように、本件各請求は、これを分断して審理すると、本件貨物船の沈没による貨物の損害が明白でありながら、各当事者間で責任がたらい回しにされたあげく、誰も責任を負わないという不正義きわまりない結論にもなりかねない。そのため、統一的認定を行う必要性は極めて高い。

また、過失等の存否や程度について判断が区々に分かれると、共同被告間での求償の問題も生ずる。

(3) 訴訟経済

本件沈没事故に関する事実関係は同一であるから、同一の裁判所で審理した方が紛争は迅速に解決し、訴訟経済にも資する。

(4) 当事者の公平

併合請求の裁判籍による国際裁判管轄が認められないとすると、荷主としては、複数の外国の法廷に別々に訴訟を提起しなければならないことになり、極めて大きな負担となる。反面、控訴人らを含む外航船による運送に関わる者にとっては、外国の裁判所で応訴することは一般的に予測できることであるから、その負担は大きくない。

(5) 結論

このように、統一的解決の必要性、訴訟経済、当事者の公平といった観点から本件の具体的事情を考慮しても、本件訴訟について、日本の裁判所に主観的併合による国際裁判管轄を認める障害となる事情は認められない。

よって、民事訴訟法二一条に基づいて、控訴人らに対する訴えについても東京地方裁判所の管轄が認められ、したがって、控訴審における東京高等裁判所の管轄が認められることになる。

二  本訴請求の当否に関する当事者の主張

1  被控訴人ら

(請求原因)

被控訴人らの本訴請求原因事実は、原判決の「事実及び理由」の第二、一に記載のとおりであるから、これを引用する。

2  控訴人ら

(請求原因に対する認否)

(1) 請求原因1(当事者)について

被控訴人三星火災海上が大韓民国法に準拠して、被控訴人臺湾中國航聯産物が中華民國法に準拠して、それぞれ設立された、いずれも損害保険を業とする株式会社であることは、すべて知らない。

控訴人キングスター・シッピング・リミテッドが海上運送業を営む法人であることは認めるが、控訴人ハン・ウー・シップ・マネージメント・リミテッドが海上運送業を営む法人であること、及び本件沈没事故当時、控訴人らが本件貨物船の登録船主、実質船主、船舶管理人であったことは否認する。控訴人らは、本件貨物船とは無関係である。

なお、本件沈没事故当時の本件貨物船の登録船主は、フィリピン法人で原審における相被告であったブルーシー・マリタイム・コーポレーションである。また、被控訴人らの主張する「実質船主」ないし「船舶管理人」に当たる者は、船舶所有者のブルー・シー・マリタイム・コーポレーション又は本件貨物船を管理していたフィリピン法人で原審における相被告であったバリワグ・ナヴィゲーションーインクであるように思われる。

(2) 請求原因2(本件事故及び責任原因)について

本件貨物船の航海、座礁事故、沈没、本件貨物の全損等については、いずれも知らない。

控訴人らが、本件貨物船の登録船主、実質船主及び船舶管理人として、本件航海に当たり、本件貨物船の堪航性を確保するほか、貨物の安全運送を確保・遂行すべき義務を負っていたところ、本件貨物船を十分に整備せず、貨物をきちんと積み付けず、適式な資格を有する船員の乗船確保を怠り、さらに、乗員が本件貨物船を正当な理由なく放棄するなどしたために本件沈没事故を防止することができなかったのであるから、控訴人らは本件沈没事故によって発生した損害にっき、商法六九〇条に基づく船主責任、民法七一九条の共同不法行為責任を負担するとの点は、事実関係については否認し、法律上の主張については争う。控訴人らは、本件貨物船とは無関係であるから、本件沈没事故に関して控訴人らの共同不法行為が成立する余地はない。

(3) 請求原因3(船荷証券発行)について

船荷証券の発行に関する事実については、いずれも知らない。

(4) 請求原因4(貨物全損の発生と保険代位)について

貨物全損の発生と保険代位に関する事実については、いずれも知らない。

第三当裁判所の判断

一  本件訴えの適法性(国際裁判管轄の有無)について

1  本件訴えは、大韓民国法人である被控訴人三星火災海上及び中華民國法人である被控訴人臺湾中國航聯産物が、香港法人である控訴人らに対し、フィリピン船籍の本件貨物船がルソン島南端の沖合で沈没した事故により発生した損害について、保険契約者に対し保険金を支払い、損害賠償請求権を代位取得したと主張して、その賠償を求めるものである(乙第一、第二号証、弁論の全趣旨)。

ところで、本件のような渉外的民事訴訟について、わが国の裁判所に国際裁判管轄が認められるか否かについては、現在のところ、これを直接規律する実定法規や条約はなく、また、一般に広く諸外国において承認され、採用されている国際裁判管轄に関する原則も未だ存在していない状況にある。

このようなところからすると、本件のような渉外的民事訴訟に関する国際裁判管轄については、いずれの国で裁判を行うことが適切であるかを、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により、条理にしたがって決定するのが相当というべきである。そして、この場合、ある渉外的民事訴訟について、民事訴訟法が国内の土地管轄に関して規定する裁判籍、たとえば被告たる法人の普通裁判籍(民事訴訟法四条、一条)のほか、不法行為地の裁判籍(同法一五条)、船籍所在地の裁判籍(同法一〇条)等の特別裁判籍のいずれかがわが国内に認められるときは、その訴訟につき、わが国の裁判所に国際裁判管轄を認めるのが原則として条理に適うものと解されるところである(最高裁判所昭和五六年一〇月一六日第二小法廷判決・民集三五巻七号一二二四頁参照。)。

もっとも、民事訴訟法二一条が規定する併合請求の裁判籍に関してみると、訴えの主観的併合についても、わが国内の土地管轄の場合においては、原則として同法五九条前段の共同訴訟については併合請求の裁判籍を認めることができると解されるが、国際裁判管轄に関しては、一般的に、自己と生活上の関連がなく、また、自己に対する請求自体とも関連を有しない他国での応訴を強いられる被告の不利益は、一国内における場合に比して著しく過大なものとなり、原告の便宜に偏って、当事者間の公平を欠くおそれがあると考えられるばかりでなく、請求に関わる法的紛争とは人的にも物的にも関連性のない他国の裁判所における審理が、裁判の適正・迅速を期するという理念に適合するかも疑問であるから、訴えの主観的併合に係る渉外的民事訴訟について、その訴訟のわが国内における裁判籍が民事訴訟法二一条による併合請求の裁判籍の規定によって初めて認められるにすぎない場合においては、当該の具体的な事案に照らして、わが国の裁判所において裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に適合するものと認められる特段の事情が存在する場合において初めて、わが国の裁判所に国際裁判管轄があるとすることが、前示の条理に適うものというべきである。

2  弁論の全趣旨によれば、本件においては、原審における弁論分離前の相被告新和海運はわが国法人であって、その本店は東京都千代田区a町b丁目c番d号に所在していることが認められるから、被控訴人らの新和海運に対する損害賠償請求訴訟については民事訴訟法四条、一条による普通裁判籍がわが国内に存在するということができる。

そして、被控訴人らの控訴人らに対する本件訴えと右の新和海運に対する損害賠償請求訴訟は、その主張する損害発生の原因が本件貨物船の本件沈没事故という同一の原因であり、これについての新和海運と控訴人らとの共同不法行為を請求原因とするものであるから、これらの訴訟は、民事訴訟法五九条前段の共同訴訟に当たるものということができる。したがって、本件訴えについては、民事訴訟法二一条による併合請求の裁判籍の要件が存在しているということができる。

しかし、本件訴えについては、他には、控訴人らの普通裁判籍(民事訴訟法四条、一条)はもとより、不法行為地の裁判籍(同法一五条)、船籍所在地の裁判籍(同法一〇条)等のわが国内に裁判籍を認めることができる管轄原因は存在しないから、本件訴えは、わが国内における裁判籍が民事訴訟法二一条による併合請求の裁判籍の規定によって初めて認められるにすぎないものである。

3  そこで、本件訴えについて、併合請求の裁判籍の要件が存在していることのみを根拠とするものであってもなお、わが国の裁判所において裁判を行うことが、本件の具体的な事案に照らして、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に適合するものと認められる特段の事情が存在するか否かについて検討する。

(1) 当事者間の公平について

控訴人らは、いずれも香港に事務所ないし営業所を置く香港法人であるが、わが国に事務所ないし営業所を置くなどしてわが国において営業活動を行っていることを窺わせるような証拠はなく、控訴人らの営業活動がわが国と特段の関連性を有するものと認められないし、また、控訴人らに対する本件訴えは、フィリピン船籍の本件貨物船がルソン島南端の沖合で沈没した事故により発生した損害について、控訴人らが本件貨物船の登録船主、実質船主、船舶管理人として責任を負うとしてその賠償を求めるものであって、この請求自体も、わが国と直接の関連性を有するものではないから、前記第二、二2のように本訴請求を争う控訴人らのわが国において応訴を強いられることによる負担は、相当に大きいものと認めざるを得ない(なお、被控訴人らは、控訴人らを含む外航船による運送に関わる者にとっては、外国の裁判所で応訴することは一般的に予測できることであるから、その負担は大きくない旨主張するが、後記(2)「1」のように本件訴えと新和海運に対する訴訟とが必ずしも争点を共通にするとはいえず、しかも、控訴人らが新和海運と友好的な関係にあるような事情も窺われないところからすれば、控訴人らにおいて、新和海運の応訴活動によって得られた証拠資料を利用することによって本訴請求に対する的確な防禦活動を容易に行うことを期待できるとも認められないことに照らせば、被控訴人らの右の指摘を考慮しても、控訴人らのわが国において応訴を強いられることによる負担が大きくないとは到底いえない。)。

もっとも、被控訴人らは、被控訴人らが本件貨物船の運送人であると主張するわが国法人の新和海運に対し、その普通裁判籍が存在するわが国の裁判所(なお、弁論の全趣旨によれば、新和海運に対する請求については、わが国内に合意管轄に基づく裁判籍も存在するように窺われる。)に損害賠償請求訴訟を提起したのであるから、被控訴人らが新和海運と共同不法行為者であると主張する控訴人らに対する請求についても、わが国の裁判所において審理、判断を受けることが被控訴人らにとって便宜であることはいうまでもない。しかし、弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、大韓民国法ないしは中華民國法に準拠して設立されたいずれも損害保険を業とする株式会社であると認められるから、控訴人らに対する訴えについては、例えば、控訴人らの事務所ないし営業所が所在する香港の裁判所にこれを提起するとしても、それが被控訴人らにとって過大な負担となるものとは認めがたいというべきである。

右のような事実関係に照らせば、控訴人らに対する本件訴えについてわが国の裁判所において裁判を行うことが、当事者間の公平という理念に適合するものと認めるべき特段の事情が存在すると断ずることはできないというべきである。

(2) 裁判の適正・迅速について

「1」 (統一的紛争解決の必要性について)

被控訴人らの控訴人らに対する本件訴えと新和海運に対する損害賠償請求訴訟は、その主張する損害発生の原因が本件貨物船の本件沈没事故という同一の原因であり、これについての新和海運と控訴人らとの共同不法行為を請求原因とするものであるから、両者の請求は、密接な関連性を有し、したがって、これらの請求を同一の裁判所において審理することが、続一的な紛争解決の観点から望ましいと、一応いうことができるようである。

しかし、これを更に具体的にみてみると、記録によれば、新和海運に対する損害賠償請求は、本件事案にわが国の国際海上物品運送法の適用があることを前提として、同法三条ないし五条に基づく運送人の損害賠償責任を追及するものであり、他方、控訴人らに対する本件訴えは、商法六九〇条に基づく船舶所有者の損害賠償責任を追及するものであって、両者はその損害賠償責任に関する法律要件を異にしているものであるから、もともと、これらの訴訟が同一の裁判所による統一的な認定判断、ひいては統一的な紛争解決を期待すべき関係にあるものとは必ずしもいえないところである(現に、本件訴えと右の新和海運に対する訴訟とは既に原審において弁論が分離され、本件訴えは当裁判所に係属し、新和海運に対する訴訟は未だ原審に係属しているのであって、本件訴えをわが国の裁判所において審理するとしても、統一的な紛争解決はもはや制度上期待できない状況にある。)。

「2」 (証拠の所在について)

本件訴えの原因となった本件貨物船の本件沈没事故は、木材を積載してパプアニューギニアのラバウルから台湾の台中に向け出航した後(乙第二号証、弁論の全趣旨)、フィリピンのルソン島南端の沖合で発生したものであり本件貨物船はフィリピン船籍のものであり、また、被控訴人らが本件貨物船の実質船主、船舶管理人であると主張する控訴人らは香港法人である。

したがって、控訴人らが被控訴人らの主張するところの「実質船主」ないし「船舶管理人」に当たるかどうか、更には、本件沈没事故について控訴人らに被控訴人ら主張のような義務違反があったかどうか等について審理、判断するに当たり取り調べることが必要であると考えられる証拠資料は、遠隔地であるフィリピンないしパプアニューギニアを中心とする諸国や地域に集中して存在しているものと窺われるのであって、これら証拠資料とわが国との関連性は極めて希薄であることが明らかであるから、本件訴えをわが国の裁判所において審理、判断することが裁判の適正・迅速の観点から望ましいものということはできない。

右のような事実関係に照らせば、控訴人らに対する本件訴えについてわが国の裁判所において裁判を行うことが、裁判の適正・迅速という理念に適合するものと認めるべき特段の事情が存在するということはできないというほかはない。

4  右に検討したところによれば、わが国内における裁判籍が民事訴訟法二一条による併合請求の裁判籍の規定によって初めて認められるにすぎない本件訴えについて、わが国の裁判所に国際裁判管轄を認め、わが国の裁判所において裁判を行うことが、本件の具体的な事案に照らして、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に適合するものと認められる特段の事情が存在するということはできない。

5  ところで、民事訴訟法三八一条本文は、当事者は控訴審において第一審裁判所が管轄権を有しないことを主張することができない旨規定している。

しかしながら、もともと、右の規定は、訴訟経済の見地から、既に第一審裁判所の終局判決がなされた以上、控訴審においては、当事者はもはや第一審裁判所の管轄について争うことができないとする趣旨のものであって、直接には国内の裁判管轄の問題に関して規定したものであるのに対し、国際裁判管轄の問題は、論理的に国内における裁判管轄の問題に先行するばかりでなく、前示のように当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理にしたがって決すべき事項であって、それは、単なる訴訟経済の観点を超え、他国との関係も含めたわが国における民事裁判制度の運営に関わる公益上の考慮を基底におく問題であること、また、同条ただし書が、裁判の適正一迅速という公益上の要請を重視して、専属管轄については右の主張制限から除外していることを考慮すれば、同条本文の規定は、国際裁判管轄違背の主張については適用ないし類推適用がないものと解するのが相当である。

したがって、控訴人らは、当審において本件訴えについてわが国の裁判所が国際裁判管轄を有しないことを主張することができ、当裁判所も、この点に関する判断をすることができるものというべきである。

6  なお、本件訴えにつきわが国の裁判所に国際裁判管轄はない旨の訴えの適法性に関する控訴人らの当審における主張が、訴訟の完結を遅延させるものと認めることはできない。

二  結論

以上のとおり、本件訴えにつきわが国の裁判所が国際裁判管轄を有するものと認めることはできないから、本件訴えは、訴訟要件を欠く不適法なものとしてこれをいずれも却下すべきである。

したがって、本件訴えの適法性を前提として被控訴人らの本訴請求をいずれも認容した原判決は、不当であるからこれを取り消し、本件訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 瀬戸正義 裁判官 川勝隆之)

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